父の死のショックで悲しみのどん底の娘が書写で立ち直る

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石巻教会(宮城教区)H

 

 悲しみのどん底から 書写を通して 家族の心が解放され、今は喜びの生活を送られている友人Sさんの証しです。

 

 Sさんの家族はご主人、高校生の息子さん、中学生の娘さん、ご両親の6人家族でした。スポーツ一家で子供さん2人は駅伝部に所属し、大会の時は家族中で応援する仲の良い家族でした。

 

 しかし 去年の2月、ご主人はうつ病が悪化し、とうとう自分で死を選んでしまったのです。Sさん一家のショックと悲しみは深く、とても見ていられない状態でした。特に娘さんの悲しみと恐れは強く、食事も喉を通らず、暗い夜は怖くて眠れない日々が何日も続きました。精神科の病院で安定剤や睡眠薬を出してもらい、何度もカウンセリングを受けましたが一向に良くなりません。日に日に痩せていくやつれた娘を見ながらも、Sさんは抱きしめて泣くしかありませんでした。

 

 そんな時、私に「どうしたら良いと思う?」と泣きながら電話がありました。私は東日本大震災の時、愛する家族を一度に2人も亡くされた友人が、書写によって元気になっていく姿を見ていましたので、Sさんにも早速、書写を紹介しました。Sさんは愛知県在住と遠かったため、はじめは浅川先生のビデオを送って見てもらったところ、「娘がこういう写経みたいなのやりたかったと言ったんだ。ありがとう。やってみるから」とその日から2人で書写をやり始めてくれました。

 

 はじめは 白い紙に一文字、一文字書くごとに 自然と涙がこぼれたそうですが、1カ月経った頃には、「お母さん、小鳥が鳴いてるね。マラソンしている時も小鳥は励ましてくれるんだよ」と、好きなマラソンの話ができるようになり、3カ月経った頃には笑顔で学校に通えるようになり、1年を過ぎた時には マラソンの大会に参加して上位に入るくらいに快復しました。Sさんは「浅川先生が『白い紙に毎日毎日み言葉を書くことは、川の流れのように、心の傷や悲しみを流してくれる』というのは本当だね」と本当に喜んでいました。

 

 Sさんの毎月の書写の願い事は、「私は何も要りません。ただ、子供が元気でいてくれればそれで良いです」と言い、毎月毎月、書写を丁寧にされています。

 

<息子が災難から守られる>

 書写を始めて1年6カ月過ぎた9月、奇跡としか言えないことが起こりました。

 

 それまで、息子さんの高校は駅伝の合宿に、毎年夏休みから11月の大会までは、毎週土日に御嶽山で合宿をしていました。息子さんは寮生活をしていたので、Sさんは9月27日土曜日も御嶽山の合宿に行ったと思っていました。そして11時、御嶽山の大噴火のニュースを聞き、びっくりして息子さんの携帯に電話しました。合宿中は携帯は使えないとわかっていても何度も何度も携帯をかけました。学校にかけても「まだ確認中」ということで、巻き込まれたかもしれないと、娘さんと抱き合って泣いては祈り、祈っては泣くという地獄の心情だったそうです。

 

 10時間後、夜の9時にやっと連絡が取れました。無事だった息子の声を聞き、号泣したそうです。息子さんによれば、その週に限ってなぜか合宿所の予約が取れなかったとのことで、隣の山に合宿して、難を逃れたのでした。犠牲になってしまわれた方もおられるので喜べないけれど、「守ってくださった」と心から感謝していました。

 

 Sさんは言われます。書写をして本当に良かったと。「浅川先生が『毎日毎日、祈りながら書写をすることによって、目に見えない宇宙の力が働き、守り、良い方向へ導いてくださる』と言われたのは、本当だったね」と心から感謝し、これからもずっと書写をすると言われています。また自分の家族のために書写をしながら、祈ってくださる石巻教会の方々にも、心から感謝しています、と言われています。

 

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