教会を知らない両親が書写で祝福式に参加するまでに

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東京杉並教会 Y.S. 30代

 

母は小さな一軒家でひたすら明治、大正生まれの舅姑に尽くしてきた人です。生真面目な母はとても父と夫婦らしい時間は過ごせなかったと思います。

 

母は些細なことで父への恨みが出て、口うるさくなり、それに耐えられずに怒鳴ってしまう父の姿がありまた。2年前に母を苦労から解放させてあげようと思い、書写をすすめました。

 

宗教への不信感いっぱいの顔で書写会場に入り、端っこの目立たない席に渋々座りました。奉納伝授が始まると、「お母さんは真面目なんだから、もらったらやらないといけなくなっちゃうから受け取らないからね」と言い張っていました。せっかく来たのにと焦りましたが頑張って笑顔をつくり、「やらなくてもいいから、せっかく来たんだし、もらって帰ろうね」と言いながら、何とか受け取ってくれました。

 

真面目な母はやっぱり、受け取るとやり始めてくれました。

 

1度来てもらうと、誘いやすくなり、母の目的は私に会うためでしたが、毎回書写会に参加してくれるようになりました。茨城から朝早く来るので、いつも講演中はウトウトしてばかりでした。そして、尽くしても感謝しない父や周囲の人への愚痴を話し続けました。

 

そんな母をもどかしく、諭したくなる気持ちを抑えて、み言を分かってもらうために愛そうと努力しました。とにかく話を聞き、頑張っている母を賛美していきました。

 

書写会場で皆さんが声をかけてくれて、教会の人と触れて母の教会へのイメージが変わっていきました。講話もウトウトしながらも、いい話だったねとか、悪い人ばかりじゃないねとか、歌は感動するねとか、良い印象を言うようになっていきました。

 

そして、今度は父に書写をすすめることにしました。

 

母は「言うだけ言ったらいいけど、お父さんは絶対やらないよ」と言いました。父に書写をすすめてみると、案の定、父はあっさり「やらない」と断りましたが、そこで信じられない事が起きました。

 

母が私の横から「書写をやったら気持ちが落ち着いていいよ。やったらいいよ」と父に勧めてくれたのです。私が一生懸命書写の証を伝えてもそっけない反応しかしていなかった母が、自ら書写の良さを父に言ってすすめたのでびっくりしました。そしたら、父もあっさりじゃあ、と言って受け取ってくれました。母の話だと、今では母以上に一生懸命やっているそうです。

 

書写に両親がつながり、教会のイメージが好転し、ついに両親は娘と一緒に祝福を受けることになりました。最初は拒んでいた両親でしたが、それでも私は「永遠に一緒にいたいんだ」と言い続けました。すると、母が「もう娘の言う通りにしようよ。天国にいけるんだからいいじゃない」と投げやりに父に言ってくれました。なんと、父の批判がピタッと止まり、「分かった」と受け入れてくれたのです。

 

教会を何も知らない、むしろ批判的だった両親が手を重ね合わせて祝祷を受けている姿にただただ天の許しと愛を感じて感動しました。

 

両親の祝福を取り組む中で両親と私が向き合い、両親同士も向き合う事が出来、関係がいい方向に改善された事を感じます。祝福が私達の全てを解決させる道だと実感させて頂きました。

 

教会長と一緒にお茶をする時間がありました。
家で両親と3人でいる時の雰囲気とは違いとても和やかな雰囲気でお互い素直に話せたのはここが教会で神様をお迎えしているからだと感じました。

 

こんな私を「自慢の娘です」と言う親に今までは呆れていましたが、こんな私を受け入れてくれていることに感謝ができ、私も「自慢の親です」と言う事ができました。親と心情の通い合う時間を持てた事も祝福の大きな恩恵でした。

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