息子の重病が書写で奇跡的に回復

« »


池袋教会 H婦人 63歳

 

 私は、すでに夫が他界して、33歳の息子と二人暮らしをしています。今日はその息子のことで、証しをします。後から考えると前兆のようなものがあったのですが、健康だけが取り柄で、病気とは無縁のような息子だったので、私は母親として前兆に気づいてあげることができませんでした。8月2日、息子が突然台所で崩れるように座り込み、名前を呼んでも返事がなく、熱をはかったら40度を超えていました。

 

 あわてて救急車を呼びましたが、どれくらいの時間が経ったのか全く記憶にありません。救急車が来て大学病院に運ばれた息子が治療室から出てきた時には、体中にたくさんの管が付けられていました。そんな姿を見ただけでもショックなのに、お医者様からは「肺炎、敗血症性ショック、播種性(はしゅせい)血管内凝固をおこしています。かなりの重体で、今のところ、命の保障はできません」と言われ、目の前は真っ暗になり、頭は真っ白になってしまいました。病院からは帰宅しても良いと言われ、集中治療室にずっといることもできず、夢遊病者のように病院を出て歩き始めました。

 

 その時、真っ白だった頭の中を、「意志さえあればできないことはない」、「あらゆることに精一杯のまことを尽くす」、「幸福は常に私たちを待っています」など、今まで書写をしたみ言が通り過ぎました。

 

 そして、息子が倒れる前にした会話がよみがえったのです。それは書写に関する話でした。息子は私が書写を勧めてもなかなかしてくれなかったのですが、私に頼み事をしてきたので、「書写をしてくれるなら、してあげるよ」というと、すんなり「いいよ。書写するよ」と受け入れてくれたのです。数日間だけの書写でしたが、私は天に祈りました。「息子はほんの数枚ではあっても、文鮮明先生のみ言を受け入れて書写をしてくれました。小さな小さな条件ですが、天が認めてくださって、息子の命を守ってください。もし息子が健康を回復したなら、二人で書写を続けていきます」と。

 

 すると気持ちが少しだけ楽になりました。

 家に着くと仮眠をとり、また病院に戻りました。それからは輸血、透析、気管切開、さらに熱を下げる為に両腕と両足の付け根に氷を抱かせて冷やすなどの処置を受ける息子を見守り続けながら、息子が健康を回復して再び立ち上がることを願い、心を込めて書写をしました。すると、わずか2週間後に、集中治療室での治療が要らないくらいに回復したのです。まさに奇跡でした。

 

 9月に入ると、重病患者用の刻み食が始まり、全粥になり、18日からは常食をとれるようになりました。まだ切開した穴が開いたままですが、むせることもなく上手に食事をしています。今はまだ私が介護しなければ何もできない状況ですが、リハビリ用にベッドの横に置いた書写に手を伸ばせるようになる日も、もうすぐでしょう。その時には親子二人で書写をして、大会にも二人で参加したいと思っています。

 

 天の父母様、支部の書写仲間の皆さん、あるいは息子の友人など、多くの方の守りと励ましの中で、奇跡のように息子が回復していることに感謝しています。ほんの少しだけ書写をした息子がこんな恩恵を受けるのなら、毎日熱心に書写されている方には、本当に限りない恩恵が与えられることを確信する出来事でした。皆さまとともに、これからも書写を続けていきたいと思います。

« »