書写を通して、妻との関係がより深く

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北東京教区足立家庭教会 30代 男性

 

 私の家庭は、2歳と1歳になる男の子が二人います。子供を育てた経験がある方は、理解いただけると思いますが、1歳の子は動き回るけれども、自分のことはできないので、泣きながらまとわりつくし、2歳の上の子はあーでもない、こーでもないと、食事を作る作業一つとってみても、簡単にはできません。

 私も頭ではそのことを理解しているつもりでしたし、だからこそ、できる限りの手伝いもしているつもりでした。

 しかし、妻はそれでは満足せず、不満を漏らすまでではなくても、明らかに機嫌が悪い日が多く、私は、「どうしろってんだ!」という気持ちで、夫婦が噛み合わないような雰囲気が度々起こる日々でした。

 

 そんな中、「お互いを認め合い助け合って生きる」という書写をしながら、自ずとそういう意識が日々の生活でも強くなりました。そんな時、妻に2泊3日の旅行に友人の付き添いでいけないかという話がきました。妻は小さな子供がいるので、自分が行くことは無理だと思っていましたが、ふと、「私が2人の子供の面倒を見れば、妻は行くことはできる」という思になり、「僕が面倒みるから、行ってきていいよ」と勧めることができました。

 

 とても不思議ですが、私がそのように思えたのは、「お互いを認め合い助け合って生きる」という言葉を意識する事が、結果として、そのような決断に導いたのかなと思います。妻もとても喜び、付き添いしてあげた方もとても喜ばれていました。

 

 私自身にも恩恵がありました。それは、妻がいない間、息子を面倒見ながら過ごすことを通して、「こんなに、子供がいると苦労するんだ」ということを、頭ではなく実感として理解できたことです。簡単な食事を作るだけでも、下の子が泣きながら足元にまとわりついてくるので、数倍の時間がかかり、とにかく子供がいなければ何でもない事なのに、全てに手間が掛かってしまうということが、よく理解できたのです。

 

 この経験を通して、朝食作りの時に、こういうふうに手伝ったら楽で、このタイミングで食器を片付けてあげたら楽だと、具体的にどのように手伝えば良いかが分かるようになりました。

 

 それを理解できてからは、手伝うこと自体が苦でなくなりました。自分自身が大変さを理解出来たからだと思います。今は妻も感謝してくれていますし、それまでのように険悪な空気が漂うことはなくなりました。

 今回の出来事を通して、ただ書写を書くだけではなく、「その言葉をどのように実践するか?」を生活で意識できれば、環境がいい方向に変わって行くことを実感しました。

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