「圓一」紙 2009年10月号


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何よりも「悪人」文鮮明その人に興味のある方々にとっては必読の書である
京都大学名誉教授 渡辺久義

 

 文鮮明師のようなケタ外れの人物が我々と同時代に存在するということが、まず驚くべきことである。世の中は小人の論理で動いているから、こういう人を私利私欲や権勢欲といった卑しい観点からしか見たがらない。またそのように見ようとする組織的宣伝があれば、喜んで人はそれを信ずる。それほど楽なことはないからである。現にこの自伝を読んで、文師の生涯を追体験しようとするだけでも相当の覚悟が要求されるであろう。

 

 文師は、自分の苦しみにはいくらでも耐えるが人の苦しみには耐えられない人である。超人的だから人の情も超越しているかといえば、そうではない。危険を覚悟でひそかに共産国へ送り込んだ宣教師が捕まって獄死したことがあった。このとき文師は何日間も何も手につかず、しばらく立ち直れなかったという。文師の教える神もそのように歎き苦しむ存在で、「神によって救われよ」でなく、「神を救え」と教える。

 

 この本を読むことを勧められない人々がいる。まず神の胸倉をつかんで哭くことも叫ぶこともなかった人、また自分より優れた人物に出会いたいとは一度も考えたことのない人、こうした人々は読んでも無駄、あるいは不愉快になるだけだろう。また宗教や民族の和解・融合などあり得ないと鼻で笑う人、世評が無上の基準であるような人にも勧められない。

 

 文師ほど誤解され迫害されてきた人はいないが、迫害という理不尽なことがなぜ起こるのか、そのからくりに興味をもつ冷静な人々には一読を勧めたい。何よりも「悪人」文鮮明その人に興味のある方々にとっては必読の書である。