「世界日報」紙 2009年10月18日付11面


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平和の川となった多彩な活動
文化部 増子耕一

 

 朝鮮半島は、太平洋を挟んで日本とアメリカに対する一方、中国、ロシアと国境を接し、アジアとヨーロッパ大陸とも連なっている。そのため昔から強大国の勢力争いの要地となり、多くの犠牲を払ってきた。日本統治時代には国を奪われ、その後も国土が真っ二つに分断され、愛する家族と別れなければならず、涙の地となっている。

 

 著者が生まれたのは、そのような背景をもった国である。世界が平和であってこそ朝鮮半島も平和だが、世界に紛争と貧困と飢餓の苦痛はなくなっていない。

 

 「私は生涯一つのことだけを考えて生きてきました。戦争と争いがなく世界中の人たちが愛を分かち合う世界、一言で言えば、平和な世界をつくることが私の幼い頃からの夢でした」

 

 第一章の冒頭で語るこの言葉は自叙伝全体を貫く主題だが、すでに幼少時代から貴重な能力が与えられ、その歩みが始まっていた。山野を跳び回っては、自然が神の心情の中で生まれた息遣いを感じ、お腹をすかした人にご飯を食べさせる曽祖父以来の家族の生き方に人生を学び始める。

 

 15歳の頃になると、13人いた兄弟姉妹のうち5人の弟妹が相次いでこの世を去り、悲惨な民族の立場の中で、生と死や、人生の苦しみと悲しみについて悩む時間が増えてくる。そして祈りに夜を明かす日が増えていって、ついに神がその祈りに答えてくださる日が来る。イエス様が現れて、「地上で天の御旨に対する特別な使命を果たしなさい」と語られたのだ。

 

 それからの人生は、肉が削られ血が流れる、形容し難い茨道の連続だったが、文師は神を愛することによって、自分や家族の問題よりも、人類の苦痛を先に考える人になったのだ。宗教間の和平問題はじめ、宗教家として世界を舞台に行ってきた多彩な活動の数々は、あらゆる所で平和の川となり、その愛が乾いた地を潤してきた。その波瀾万丈の生涯は、宗教や人種や国境を越えて、人々が融和し得る道を教えている。