あとがき


文鮮明師自叙伝日本語版出版委員会 委員長 小山田秀生

 

 本書は、2009年3月に韓国・金寧社から出版された文鮮明師の自叙伝の日本語版です。書名の『平和を愛する世界人として』は原著そのままの邦訳となっています。

 

 文鮮明先生が一般のメディアに口を開かれたのは、私が知る限りこの度の自叙伝が3回目です。最初は、1977年に米国の哲学者、フレデリック・ソンターク博士(邦訳『文鮮明と統一教会』の原著者)に対して、2度目は1984年、在米日本人ジャーナリストの那須聖氏(『牢獄の救世主』の著者)に対してです。

 

 原著は、文鮮明先生ご夫妻の生涯を著した『真の父母様の生涯路程』(世界平和統一家庭連合・歴史編纂委員会編集、成和出版社発行)11巻をベースに、出版社側が約2年間にわたって直接、文先生にインタビューして整理したものと聞いています。文先生に関する膨大な内容をわずか380余ページにまとめることは容易なことではなかったろうと推測されます。

 

 韓国人であれば知らない人がいない最大手の出版社、金寧社から出版されたことで、韓国では大きな反響を巻き起こしました。同社の朴恩珠社長は、早朝から金剛経を30分間読経し、お釈迦様に108回の敬礼を捧げる篤実な仏教徒です。出版企画を決めるときはお釈迦様に尋ね、お釈迦様の許可を得てから出版するという私心のないスタイルで、今日まで多くの国家的な人物の自叙伝を世に送り出してきました。文先生の自叙伝を出版することには、社内からも強い反対があったようですが、お釈迦様の指示に従って発刊したといいます。

 

 私事にわたって大変恐縮ではありますが、私が文先生と直に初めてお会いしたのは一九六五年のことです。それ以降、40数年にわたって文先生の半ば家族の一員のように生活をし、先生が世界各国を訪問される際に随行したことも一度や二度ではありません。そうしたことから、日本人の中では文先生の事情に最も通じた者の一人として、今回、邦訳出版の重責を任せられたものと思っています。

 

 文先生の誕生から幼少期、日本留学時代、韓国・北朝鮮・米国における計六回の獄中生活をはじめとしたすべての歴程は、文先生が16歳(数え)の時にイエス様と神様に出会われたことに端を発しています。米国における40年近い活動、数次にわたる世界巡回等を通して、今や全世界に確固たる基盤を築き、90歳(数え)を超えて今なお地上に天国を創建しようとする熱情はいささかも衰えることがなく、第一線に立って陣頭指揮を執っておられることは驚異というほかありません。

 

 今日まで多くの人たちは文先生の真実の姿を知らされることなく、一部の人々が中傷、誹謗、非難を繰り返してきました。しかし、私たちはこの方こそ「救世主(メシヤ)」「再臨主」「真の父母」「平和の王」「万王の王」であると確信しています。

 

 世間の評判がどうであろうと、現代、いや有史以来、最も波乱万丈の歴程を辿られた文先生の生の声(自叙伝)を、こうして日本の皆様にお届けできることを無上の喜びとするものです。私自身、この自叙伝に触れてみて、自分の知る文先生の姿はごく一部にすぎなかったと気付かされ、ページをめくるたびに新たな発見がありました。偏見と悪評判で歪曲された「文鮮明」という人物について、あるがままの姿の一端を読者の皆様に知っていただければ幸いです。

 

 なお、原著を翻訳するに当たり、史実に誤りがあった部分は訂正し、編集しました。文先生の年齢表記は、特に断りのない場合、満に直してあります(原著は数え年)。また、原著は韓国人読者を主な対象として編集されたものであるため、韓国中心に記された箇所が散見されますが、文先生は日本の将来を誰よりも案じ、一貫して世界人類の救済のために歩んでこられたことをご理解ください。

 

 最後になりましたが、邦訳出版にご尽力くださいました創芸社の吉木稔朗社長に心から感謝の意を捧げます。

 

 本書が、混迷を深め羅針盤を失った内外の情勢下において、大きな希望と光明となり、平和と幸福と理想と繁栄へのロードマップとなることを祈念してやみません。

 

2009年9月吉日