大学生・社会人の部 忠賞(1)


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「平和を愛する世界人として」感想文

大学生・社会人の部:忠賞

 S.K.

 

 人類は、はるか古代から現代に至るまで、宗教という営みを通して、目に見えない心の平和、そして我々が生を営むこの世界の平和を求め続けてきました。しかし一方で、宗教間の対立が現代世界の混乱の大きな原因であることもまた事実です。私は、信仰者として宗教というものに携わり始め、その恩恵のなかで日々を送っています。この恩恵は、個人だけに与えられるものでないことは明白です。それならば、この宗教というものがいかにして対立から解放され、世界平和に貢献していくことができるのか、そして宗教本来の使命に目覚めることができるのか、について深く考察する使命を感じ、さまざまな書籍を読み漁りました。

 

 そのなかでまず出合った思想が、宗教多元主義でした。この思想は、さまざまな宗教が同じ社会に存在することを認め、お互いの価値を認めながら共存していこうとする宗教的思想です。つまり、どの宗教も全体的真理の一部を占める役割があり、諸宗教は互いに相補的な関係にある、という考え方です。この考え方は、従来の排他的な考え方より、宗教間の対話を促進しますし、宗教そのものではなく、神や仏という究極的実在にスポットライトを当てるという観点にシフトしている点で大変希望を持ちました。ただ、すべての宗教が相補的だと言っても、個々の宗教の立場から見れば絶対に受け入れられないことは出てくるはずですし、それに伴って生じる矛盾や心の葛藤に対して、現実にどう対処していくべきなのか、悩む日々が続きました。

 

 そこで、解決の糸口を見いだすべく、「平和を愛する世界人として」を開いてみました。その本の第六章~愛は統一を導く~には、こう書いてありました。

 「宗教とは、平和の理想世界を求めていく巨大な川と同じです。川は広々とした平和世界に至るまで、ずっと流れていきながら、たくさんの支流と出会います。本流に合流した支流は、その時からは支流でなくて本流です。そのように一つになるのです。本流の川は、流れ込んでくる支流を追い出さず、すべて受け入れます。そのたくさんの支流をすべて抱きかかえ、同じ流れとなって海に向かいます。世の中の人たちは、この簡単な原理を知りません」。

 ここで言われている、本流の川というものは本流の宗教で、支流が世の中に数多くある宗教と宗派ですが、本流の宗教は、支流をすべて受け入れ、抱きかかえるというのです。抱きかかえる? そんなことが可能なのか? これは、宗教多元主義では出て来ない発想です。祈っていると、ある日ふと悟りました。

 

 「それは、親の立場だ」と。親の立場に立ってこそ、兄弟姉妹たちの言い分をすべて愛でかき抱くことができるのだ、と。

 世界の宗教を親の立場で抱きかかえることのできる内容、愛を教えている宗教、それが神様から見て本流の宗教なのだ、と感じました。

 そして、神様はこの私にこそ、世界を親の立場で抱きかかえることのできる、ご自身と同じ愛を持った人間に成長することを願われているのだ、と確信しました。