大学生・社会人の部 忠賞(4)


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平和を愛する世界人としてを読んで

大学生・社会人の部:忠賞

 溝口 義一

 

 私が、文鮮明先生のことを初めて知ったのは、中学1年生の12月、今からもう23年も前のことです。東西冷戦の真っ只中で、米ソが互いに核兵器を増強しながらいつ第3次世界大戦が起こっても仕方がないというような状況でしたので、私は、「なぜ人類は無駄な争いを繰り返すのか」と疑問を抱きつつ、平和な世界の到来に憧れを抱いていました。

 

 「平和な世界を築くために最前線で活動しておられる方がいる」

 そう言いながら母は一枚の写真を私に見せてくれました。そこには満面の笑みを浮かべた一人の東洋人の顔が写っていました。それが文鮮明先生だったのです。

 

 「この方が世界平和を築くために、人類に幸福をもたらすために先駆者として活動しておられるのか。よし、将来この方と一緒に自分も平和な世界をもたらすために活動しよう」

 胸の中に何か熱いものが流れるような感覚の中で私は心の中で固く誓っていました。

 

 その後、セミナーなどさまざまな機会を利用しながら、文鮮明先生が推進される平和運動の内容を学んできましたが、その内容を知れば知るほどに、果たして文鮮明先生の平和に対する強い思いは一体どこからきたのだろうかと興味がわいてきました。

 「三つ子の魂百までも」という言葉がありますが、文鮮明先生の自叙伝『平和を愛する世界人として』を読み進めていくなかで、やはりその根本精神、原点は、幼少期の体験、家庭環境にあったのだということがわかりました。

 

 家を訪れた乞食たちと一緒の毛布にくるまりながら、寒い冬を共に過ごすことを通じて彼らの温かい愛に触れ、近所の野山を駆け巡りながら山川草木、小鳥たちと戯れることを通じて大自然の原理原則を知り、また「私を呼ぶ声ですぐに目が覚めても、寝ているふりをして父に背負われていった気分、何の心配もなく心がすっと安心できる気分、それこそがまさしく平和でした。そのように父の背中に負われて平和を学びました。」と幼少期のごく平凡な日常生活、父の背中の中で「平和」を味わっておられたということを知り、ごく日常の連続する瞬間の中で「平和」を感じ取っていかれた文先生の天与の感性に感銘を受けつつも、自分の子女に背中のぬくもりを通じて「平和」を伝えられた文先生のお父様にも感動致しました。

 

 私は、現在4人の子女の父親です。将来子供たちが大人になったとき、「幼少期の頃、父の背中を通じて平和を感じた」と言ってもらえるように、また子女たちが、文鮮明先生のように「平和を愛する世界人として」将来活躍してくれることを期待しつつ、今の一瞬一瞬の日常に熱い思いを込めて、力強く歩んでいきたいと思います。