社会人の部 最優秀賞


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平和を愛する世界人となろう

(社会人の部:最優秀賞)

 佐藤有利

 

 文鮮明師の自叙伝を読み終わった時、何とも言えない感動を覚えました。それは文師の生き様が正に神様の真の愛の現れだったからです。「神様の愛」と「世界平和」は直結しています。なぜならば神様の愛を持った文師の人生そのものが、幼い頃から今に至るまでずっと、世界中で起こっている不幸を見つめて苦しみ、それを具体的に解決しながら世界平和を成すために歩まれてきたものだったからです。神様の愛が一人の人の人格に現れ、家庭に現れ、社会に現れ、世界に現れた時、本当の世界平和が訪れます。自叙伝の中にある真の愛に満ちた文師の姿をじっと見つめながら、私自身、短いながらも私の人生を振り返ってみることができました。すると私の今までの人生の中にも沢山の神様の愛があり、また私をずっと見守り導いて下さっていた神様を沢山発見しました。そしてやはり神様は私に対しても「世界平和を成してほしい」という願いを持っていることを知ったのです。

 

1.自然の中で出会った神様の愛

 『ちっぽけな砂粒一つにも世の中の道理が入っており、空気中に浮かぶ埃一つにも広大無辺な宇宙の調和が入っています。…(略)…大宇宙のあらゆる存在物は、一つとして神の心情の外で生まれたものはありません。木の葉一枚揺れることにも宇宙の息遣いが宿っています。』(「自叙伝」p51.L12~17)

 

 人間の本質は愛の心情です。愛の目でもって自然界を見つめてみると、この世界は調和の世界であり、小さいものがより大きいものの為に生きている世界です。そして秩序があります。秩序の中に愛が正しく現れ、また平和があり、幸せを見出すことができます。しかし憎悪の目で自然界を見つめていくと、この世界は闘争の世界です。弱肉強食による生存競争の世界なのです。人間は「自由だ」と言って秩序を乱し自然破壊が進みました。社会の中においても愛の法則、価値観がめちゃくちゃになってしまいました。

 

 さて、私たちは愛の心情を持って生きているでしょうか。それとも憎しみの心を持って生きているでしょうか。私は自分自身に問い正してみました。振り返ってみると神様は私が小さい頃から愛の心情を育む環境をずっと与えて下さっていました。幼い頃は非常におてんば娘でしたので、家でままごとやお人形遊びはせずに、両親の田舎者魂をそのまま受け継いだのか、家を飛び出しては山、川など自然の中に行って虫を捕まえたり、柿や琵琶の木に登っては獲って食べたものです。また家ではあらゆる動物を飼いました。犬、猫、ハムスター、カメ、ウサギ、モルモット、鶏、インコ、金魚。弟がコウモリを捕まえて持って帰ってきたこともありました!飛べなくなったスズメの面倒を見たりもしました。また畑でサツマイモを掘って焼いて食べた時のおいしさや、真夜中に山の頂上で天の川と流れ星を見ながら、宇宙に心が躍ったことも思いだします。

 

 神様が私達人間のために創造された自然界です。小さな昆虫も、大きく無限に広がる宇宙も全てが人間の為に神様が汗水流して準備して下さった最高の贈り物です。神様からのプレゼントである自然の中にじっくり浸り触れてみると、そこには神様の愛が満ち溢れていることを実感します。私達は自然の中で神様の愛に出会い、神様の愛を味わいながら、愛の心情を育んでいくものなのです。

 

 自叙伝の中には自然を愛される文師の姿が沢山出てきます。自然と交わりながら感性が磨かれ、神様が与えて下さった天性がどんどん開花していく文師の姿があります。自叙伝の中で文師が好んで歌う歌が紹介されていましたが、私はその歌の歌詞がとても気に入りました。

 

白金の宝石で飾られた王冠をもらっても
土臭く汗まみれの麻布の上着に勝るものはない
純情の泉が湧き出る私の若い胸の中では
好きなように、柳の枝を折って笛を吹き
私の歌の調べに合わせて雀も鳴く

 

世の中を買えるほどの黄金をもらっても
麦畑を耕してくれるまだら牛に勝るものはない
希望の芽が吹く私の若い胸の中では
好きなように兎たちと話をし、
私の歌の調べに合わせて歳月も過ぎていく

 

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