大学生の部 佳作


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神様って実は…

(大学生の部:佳作)

 岸元 実春

 

 「神様って実は…親ばかなんですよね」

 

 ある修練会の中で聞いた証しのなかで、こう言った人がいた。「神様は親ばか」その一言に、自分も含めてそこにいたほとんどの人が笑った。でもそれは、神様をばかにしたわけじゃなくて、共感した笑いだった。確かにそうだなとその人の証を聞いていても思ったし、自分の今までの体験を振り返ってみてもそう感じるし、習ってきた講義内容(特に復帰摂理)を思い返してみてもそうだ。それに講師さんから聞いた話だが、お父様がそう語られていたそうだ。

 

 では、何故神様が親ばかなのかというと、やはり自分たち人間の親であり、親としては子である人間を愛しくてたまらない気持ちで可愛がってやりたい、そう思っていらっしゃるからだろう。いくら人間が過ちを犯して、何度も神様を裏切ったとしても、それでも愛してあげたいと愚かで無知な人間を大きな愛で包み込まれるのが神様なのだ。

 

 でも、残念なことに神様には身体がない。目に見えないのだ。では、どうやって神様の溢れんばかりの愛を感じることができるのかというと、それは同じ人間を通してだったり、物事を通してだったりする。

 

 肉親やそれに近い存在、また、大切な人から愛されたりすると人間は誰しも嬉しくなる。でもそれは、人間だけの愛じゃない。背後には必ず神様がおられる。特に、神様がおられるからこそ出会えた人や神様と繋がっている人は、神様が自分たち人間のために用意して下さった人たちで、その人たちを通して自分たち人間は神様の愛を感じることができる。ちょっとしたことだけど、自分を気遣ってくれる一言や、辛い時に一緒に泣いて励ましてくれる一言や、嬉しいことがあって一緒に喜んでくれる時の一言で簡単に愛を感じることができる。愛を感じる、与えることは難しいことではない。人間はほんのちょっとしたことでも、涙が出るほど嬉しくなったりするものだからだ。

 

 また、精誠を込めて神様の前に条件をたてて一生懸命努力した時、その努力は実を結ぶことがある。これも、ただ偶然に自分だけの力で結果が出たのではない。そこにも神様がおられるのだ。愛を与えたくて仕方のない神様は、精一杯努力している人間にふさわしい環境を用意してあげたいと95%の力で支えて、導いて下さっているのだ。勿論5%は人間の責任分担だが、その責任分担を人間がこなすところを神様も握りこぶしを握り締めながら、精一杯応援して下さっているのだ。その応援と人間の力で、結果は実を結ぶ。その時神様にどれほど感謝して、どれほど大きい愛を感じるか分からない。人間以上の精誠を込めて愛でもって人間を支え、導かれるのが神様なのだ。

 

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